ねこ

吾輩は「ニャーゴ」である

吾輩は「ニャーゴ」である

そうである。

吾輩はニャーゴと鳴く「」である。

吾輩は猫である。

ずいぶんとご主人にはお世話になっているのである。

何故ならば、ご主人の前で例のごとく吾輩はニャーゴと鳴く。

そうすると、ご主人はすっかり分かっているが如くに、本宅の玄関を開けて中に入れてくれるのである。

普段は、冷たい感じがするご主人ではあるが、吾輩がニャーゴとひとたび鳴けばするりと対応してくれる有難い人間ではある。

本宅の中に入ると、好きではない猫二匹と出くわすことがある。

吾輩は、自分のことだけが好きであって他の猫たちと仲良くしようなどと思ったことはない。

タマに顔を合わせると、こちらは決まって背中を丸めて目を立てて、威嚇してやるのである。

タマに顔を合わせる二匹の猫の名前はしらない。

たぶん、タマではないようであるが。

カウンターの隅っこに用意してある

吾輩は、本宅に入るとキッチンの反対側にあるカウンターの隅っこに用意してある朝ごはんを頂くのである。

通称よく言う、猫まんまではない。

缶詰の中から出てきたもので、なかなかの妙味である。

朝の御馳走を頂くと、そそくさと外へ散歩に出かけるのが吾輩の日課となっている。

通りに出ると、大きな路線バスとやらが時たまやってくるので冷や汗がでるときがある。

10年も生きていると随分と慣れてきたものだが、それでも時々ひやりとしてしまうことがある。

吾輩は10年生きてきていてもまだまだ、修行が足らないニャーゴだな自覚もしたりもするのである。

自分で言うのもなんであるが、デキの良いニャーゴなのだと自画自賛する。

吾輩には人間に懐いて媚びをうる特技がある

特に、毎朝お世話になっているご主人にはニャーゴとないて、また擦り寄って鳴いてを繰り返すのである。

そうすると、本宅の玄関を開けて中に入れてくれるからである。

10年生きてきて分かることは、人間にはニャーゴと鳴いて擦り寄ったもん勝ちなのである。

そうすれば、ねこの一生安泰なのであった。

たぶん。

ご主人は、自分のことを「書生」と呼ぶことがある。

少しへんな人間である。

今時、自分のことを書生などと呼ぶ人間など聞いたことがないからである。

ご主人は、本宅の横にある別宅を書斎と呼んで、その中で一日過ごしていることが多いのである。

お昼を過ぎると万歩計などという機械を持って、街を徘徊してくるのがご主人の日課なのである。

吾輩もお連れ申すのであるが、2軒も隣まで歩けば草むらにごろりんするのが好きである。

そんなに遠くまでは飽きて行く気がしない猫なのだニャーゴだ。

まぁ、よいのであるそんなこと。

へんな名前で呼ばれることがある

それは、ご主人から声かけられるときである。

ノラ子」と言っては、両手で抱き上げてくれるのである。

何故、ノラ子なのか。。

吾輩は、半分は野良猫のような暮らしをしている。

そして、三毛猫のメスということで。

「ノラ子」なのだそうである。

本名は別にあるのに、である。

「りり」というのが本名であることをここで公言しておきたい。

吾輩はご主人の趣味であるパソコンの前にごろんとする

ご主人は、ブログとかいう書き物をパソコンの前でカチカチするときがある。

吾輩は、その時を見つけると早速パソコンの前にしゃがんでまったりするのが好きなのである。

初めはご主人もカチカチやってはいる。

そのうち、怪訝な顔をしだすのである。

もっとのんびりとしていれば良いのだが、人間と言うものはどうにも先を急ぐ生き物のようである。

吾輩のように、午後はテラスの陽だまりでまったり寝コロンボしていれば良いと思うのだが。

人間は、何故だか分からないがのんびりとしていられない生き物のようである。

吾輩の目には、少し変人にも映ることがあるご主人なのであった。

吾輩を抱っこしてくれるご主人

パソコンをカチカチする手を止めて。

そのうち、抱っこしてくれるのである。

さむいので大変ありがたく思えるのである。

お返しに、ご主人のほっぺをぺろぺろするのが日課になっている吾輩なのである。

但し、ご主人は嫌っているような素振りを見せるのだが。

いえいえ、ご主人の心底では「喜んでいる」ことくらいお見通しの吾輩なのであった。

明日も、ご主人のほっぺをぺろぺろしようと誓うのであった。

吾輩も、少し変わった猫だったのかもしれない。

今日のニャーゴのお話。

おしまい。

 

続く。

 

 

 

 

-ねこ

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